人生を豊かにするための「死」を考える

巳年が明けてから、
早、もう一か月半が過ぎました。

いかがお過ごしでしょうか。

かなり久しぶりの更新となってしまいました。

世の中は、毎日移り変わっており、
様々なニュースが流れているのに、

世間の大きなニュースでさえ
頭にも心にも入っていかないような
なんだか自分だけが、取り残されてしまうような

初詣では必ず引く「おみくじ」
今年の運勢占いも見ず、


今、しなければならない事も
気持ちがほかの方へ向いて
集中できないくらい
精神的にも体調面でもしんどい毎日でした。


と前置きが、かなり長くなりましたが、
2月の始めごろに、手術をいたしました。
手術は、なんとか無事に終わりました。


手術は、2度目の経験でしたが、
今回は、6時間を越えた手術。


術後の痛み以外にも、
手術から4日目までは、
ずっと点滴のみだったので、
口からの食事が開始するまで
気がとおくなるほど、
長く感じた期間でした。



手術から5日目、重湯から開始


世間一般的には、その病名を聞いて
やはり「死」を連想してしまうという方も
多い病気です。


しかしひと昔前のイメージとは変わり
現在では、医学の進歩によって
重い病でも治って元気に生きている方は、
たくさん、いらっしゃいます。



私自身も、病気になって
自分の「生」を深く考えるきっかけになり
前向きな気持ちを取り戻すことができました。

自身の経験を通して得たことを伝えて
「前向きな気持ちで明日を迎えてほしい」
という気持ちから始めたブログ。


今回は、率直に「死」を
どう捉えながら生きることが、
人生を豊かにできるのかを
深掘りしてみました。

「死」との向き合い方を知り人生を豊かにする方法

「ぐずぐずしている間に、人生は一気に過ぎ去っていく」セネカ


どれだけ文明が進んでも、
医学が発展し寿命が伸び、
長く生きられる時代になろうと、

人間は、遅かれ早かれ
誰にでも「死」がやって来ることは、
絶対的な事実です。


長生きした人はいても、
「永遠の命」を持った人はいませんよね。


しかしながら、人間は、
生きていることにいつの間にか慣れ、
有限の時間を、無限にあるように
感じてしまい「時間を大切にして生きる」
ということが難しい生きもののようです。


人生で何かを成し遂げたいと
欲求を持って己の道を歩んできた人にとっては、

人生は、短くあろうとも
やるだけのことをやってきたと
気持ちは充足感に満たされていくもの。


一方で、自分自身とは向き合わずに、
社会に盲目的に合わせて
生きている人にとっては、
自分自身の魂や心からの目的に気づかずに
人生は、ただ時間を浪費しているだけ。


自分の人生を自ら始めようとしないで
他人任せにしていると、
不満が蓄積し生きている意味さえ分からないまま
そのまま「人生が終わってしまうものだ」
古代ローマの哲学者のセネカは言っています。

「いかに長く生きたかではなく、いかによく生きたかが問題である」セネカ


人は、若く亡くなった故人に対して、
その人自身の人生を深く知っている訳でもなく
その「早すぎる死」に対して
悲しみや胸が痛む気持ちを持つものです。

たしかに不慮の事故や、なにか不本意な理由で
人生が終わってしまうというのは、
本当に無念で、とても悲しいことです。


ですが、人生が幸福かどうか、
単に、人生の短さや長さ、
長生きできたから幸せか、
成功を手にしたからか、
たくさんの富を持ったら幸せなのか、
客観的に量れるものではありません。


そう。誰もが死ぬときは、
何も持っていくことはできない。

よく生きたかということだけ。

どんな思い出を持ち、
どんな感情で毎日を生きていたか。


幸福とは、
その生きている時間に、その人自身が、
「濃密な人生を生きられたか」ではないかと
私は、思っています。


「濃密な人生」という言い方は、
少し語弊があるかもしれません。

いろんな感情を味わって
知っているということ。
いろんな経験をしてきたということ。


そして、誰かに故意に
迷惑をかけない程になら、
自分の責任において
自分自身にわがままになって
本当にやりたいことをする。


簡単に成功した経験を持つ人より、
失敗した経験をたくさん持っている人の方が、
実は、深く人生を生きている人です。


この味を、美味しく感じるまでには、
美味しくないものの味も知らなければ
本当に美味しいとは分からない、感じられない。


スポーツをして汗をかいた後の
お水が美味しいように
薄い味でも美味しく感じられることが、
幸福なんだとおもいます(⁉)

おかゆ


この気持ちを味わうために
つらい思いも味わってきた。

大変な時期を乗り越えたあとの幸福感は、
簡単に手に入った幸せよりも
より深い幸福感が感じるので価値が高い。


その時に、
心から感謝の気持ちが生まれる。



「平凡が一番、幸せ」なのだと
気付けば、人間は、どんな日でも
毎日たくさんの幸せがあることに
気付くことができます。




時間は無限にある訳ではないから、「今を大事にできる」


この「与えられた生」を生き抜いていくということは、
人間は、生きている、生きていくというだけでも
とても大変なことなのだと思います。

本当に、人間は、身体だけでなく
心にも負荷をかけながら、
毎日生きている。


確かに、先見性を持って、
将来のために
今やるべきことをすることも大事ですが、
自分が本当に抱いている夢を、
先延ばしにしすぎて、
やりたくないことをずっと
し続けているほど
人生という『人間に与えられた時間』は、
意外と短いものだと言います。


この世に生を受けた特典として、
どんな人にも時間は等しく与えられます。

それをどんな風に使うかは、
その人次第。


もし、人生が終わってしまうとしたら、
あなたは、後悔をせずにいられますか?

タイトルとURLをコピーしました