時代は、繋がっている~昭和、平成、そして令和まで受け継ぎたいこと~

太陽の塔=希望の象徴 言葉

お盆が終わり、8月も後半へ入りました。今年は、戦後80年という節目の年。テレビで古い昭和の映像が流れるたびに、昭和という時代を、とても懐かしく思い起こすようになりました。

時代は、その時その時というばらばらなものではなく。過去からの今、今という時からずっとこの先の未来へと繋がっています。受け継ぎたいこと、継いではいけないことも考えてみました。

昭和から学べ。目標を持つ、シンプルに希望を持つことの大切さ

復興という「一つの目的」に向かって生きた時代


私は、昭和の後半生まれのアラフィフです。戦争の時代にはもちろん生まれていません。私が子どもだった頃は、空を見上げて戦闘機が飛んでいるなんてことは、有り得なかったので、戦時中の人々が危険と隣り合わせな日々のなかで必死に生き、戦後の復興のために険しい道のりを歩んできたか。


平和な時代に生まれた我々世代以降は、どれほど惨劇だったかを想像したり、実感したりと戦争を自分事に捉えることは、ますます難しくなっていくでしょう。語り継いでいくことの大切さを感じたのでした。


加えて、私たちが普段、意識することもない便利な物質に溢れた暮らしが、こんにち当たり前のように成り立っていることは、復興に尽力を注いだ人たちの努力と道筋のあとだという事実も知っておくべきことなのでしょう。感謝です(>人<)



「昭和の激動期を絶望の淵から、これからをどう生きていくのか」「人は、どんな困難であろうと乗り越えられる」目標に向かうことや前を向くことの大切さも昭和の時代から私は学びました。


ひたすらに希望を胸に抱き、一つの復興という目的の為に光の方に向かっていると信じていたからこそ、みな瞳がきらきら輝いて生きていたように思えてなりません。

特に若い方たちには、今の状況に絶望しないで、もう一度自分の心の胸に情熱の火を灯し希望を持って生きることを諦めないでほしいなと思うのです。

高度経済成長の落とし穴~合理的な考えの行く末~

近代化した都市部

戦後、大規模な機械化や商業、工業、産業を発展させ拡大した日本経済は、他の先進国に負けず劣らず急成長していきました。交通は便利になり、高速道路、新幹線、都市部の近代化、大都市ほど、変化は著しいものでした。


産業面でも技術面でも、あらゆる分野で日本人特有の繊細さを長所にしながら、本来持っている武器(=特技)で実力を世界に向けて、発信してきたと思います。


しかし、近代化や産業や科学が発展し生活は便利になり、進歩し向上していく一方で、環境問題、温暖化、経済格差、エネルギーの危機などの様々な問題を招いていたことは、誰もが知る事実です。今やSDGsに取り組む運動が起きる前段階としての要因は、戦後の急成長であること。しかしそれは、日本だけの問題ではありません。

SDGs…Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略で、2016年から2030年までに達成を目指す開発目標のこと。

ただひたすら盲目的に働くことは、現在は、むしろ過去の反省から、働き方改革や労働環境の見直しがされています。まだまだ厳しい労働条件の中で働いている方たちは多く、現代の問題の歪みとして浮かび上がってきています。



岡本太郎氏曰く、‟確かに交通は便利になり、生活は保障されている。しかし、物質的な繫栄とか「幸福」などで人間がみたされるはずはないのだ”と述べています。人は、合理主義から、どんどん物事を合理的な考えを持つ人が増えた。



「生きるーそれは本来、無目的で非合理だ」
「自分の中に毒を持て」岡本太郎 発行元:青春出版社

  自分の中に毒を持て

人は、幸せの近道や正解探しばかりして、どんどん合理的に考えるようになり、本来の人間の生き方を忘れてしまっていったのではないか。

戦後よりも自殺する人が増えている理由

今は、物が無かった時代ではなくなり、むしろ、溢れている物質社会です。しかしながら、貧富の差は、昔よりも顕著で格差社会。生きるために必死だった頃よりも、現代社会の問題は、複雑化しています。

精神疾患も人も増え、生きている意味がないと自らの命を絶ってしまうという人は、戦後よりも増幅している。生命維持には、困ることはなく、不自由ではないけれど希望が見つからない夢がないという若者は多い。

あらゆるものがシステム化され、進歩や発展に役立つ条件付けられたことの努力や技術の方を讃え、重視してきたこと。未来に対する希望を持ちたい子どもたちにも、誤った固定した考えや価値観を植え付けてしまったのではないでしょうか。


簡単に物が手に入れやすいことは、逆に貪欲さは失われ、自ずと生命力の力が弱まってしまうでしょう。利便性ばかり重視している社会が、自然から離れていくことは、人間の根源的な生命力からも遠ざかると、岡本太郎は、今後の日本の未来を、早い段階から危惧していました。


加えて、エスカレーター式の人生のように歩むのが良いという間違った人生観。一生懸命に勉強した後は、良い大学に入り、有名な会社に入ること理想的な幸福な生き方だと大人が示せば、そこからはみ出てしまった人間は、夢や希望を持ちにくくなるのも無理もないような気がします。


人生は、他人から指し示られたような道を歩むものではなく、自分の人生という実感が生命力を沸き立たせるのです。失敗した時こそ、自分の奥深くに眠っていた根源的な生命の力を取り戻し、幸福というぬくぬくしたものから飛び出し、自分自身があるじとなって目的地のない旅(行動)をする。


始めから定められた目的にむかうのではなく、何が起きるかわからないというわくわくした気持ちで、着いたところは、自分が見たこともない景色かもしれない。自分の存在を外に開いて、安定よりも挑戦し続けることだと。それは、決して、他人に迷惑をかけていいということではなく、自分の人生の責任をとるということです。

無目的で結果に捉われずに、過程を楽しむ

芸術家の岡本太郎は、「人間の生命、生きるという営みは本来、無条件、無目的であるはずだ。何のためこの世に来たのか。そして生きつづけているのか。」「自分の中に毒を持て」発行元:青春出版社という著書の中で語っています。


生きること自体が無目的なものであるから、ただひたすらに夢中になれるものを見つける。幸福などと頭の中だけで考えないで、自分の心が動いた瞬間に行動する。今に集中すること。または、過程を楽しむこと。実際、結果を始めから考えて取り組むことほど、つまらないものはないのです。だから、最初のうちほど、先を考えずに無心に無目的に取り組むべきなのです。


子どものように純粋に湧き上がった情熱が一瞬にして醒める一番の原因は、結果論でしか評価できない夢を失ったつまらない大人や他人の言動だそうです。何より大切なのは、自分自身が損得関係なく情熱を持って打ち込めること。

結果は、ほんの些細なことのなのです。結果は、報酬、失敗することへの恐怖、他者からの評価が大半を占めるのでしょう。それよりも今この瞬間に生きる


何か人生に楽しみと一筋の光の方に向かって、無心に何かをやる。社会や周りに合わせなくてもいい。他人からどう思われるかよりも、結果は後からつくもの、外を気にするよりも、自分自身の内側に意識を置いて挑戦し続けること。きっと駄目ならだめで清々しいものだ。

参照元:「自分の中に毒を持て」岡本太郎 発行元:青春出版社

今こそ昭和文化を見直そう!温かさに包まれた日々を振り返る


昭和のこういうところは、残ってほしいな、反対に、流石に今では、こういうことはいけないといことも考えてみました。

けれど、今から思えば面倒なところも多い昭和のアナログな感じは、私は、大好きです。安心感があって、とても懐かしく感じます。昭和によく見かけたものと、子ども時代のエピソードも含めて良かったら読んでください。

後世にも残したい昭和を思い出させる文化&アイテム5選!心温まるレトロ

昭和の駄菓子屋

  • 駄菓子屋:私の子どものころの唯一の楽しみは、近所に数件あった駄菓子屋さんに行くこと。百円玉を握りしめて行く道は、いつもワクワクしていました。小学生の低学年くらいは、『飴玉が幾つとチョコが幾つ、残ったお金はいくらでしょう』と算数の問題を駄菓子屋さんで実践しているみたいでしたね。その頃は、消費税というものはなく、10円のお菓子がいくつ買えるか想像したり、アタリが出ると本当に大喜びでしたヾ(≧▽≦*)o

最近でも大型ショッピングモールの中に、駄菓子屋さんがあるのを見つけ嬉しくなるのですが、入ってみると「うーん、なんだかちょっと違うな」と思ってしまうのは、私だけでしょうか。駄菓子屋さんの店主とのやり取り「はい、おつり10万円(10円)」もザ・昭和な感じが好きでした^^;文化が完全になくなってしまうよりは、ショッピングモールのなかの駄菓子屋さんの中にも懐かしさはあります。

昭和レトロなもの
  • ブラウン管テレビ:今では、当たり前にある高性能の家電も元をたどれば、戦後の経済成長の中で、どんどん進化したもの。テレビ、冷蔵庫、洗濯機の「三種の神器」に始まり、自家用車やクーラーなど。今の家電はスマートな感じのものばかりですが、昭和の製品は、見た目のどっしりさ、重たい感じのものが主流。テレビにリモコンななんてものはなく、ガチャガチャの回すハンドルようにダイヤルを回してました。一つのテレビ番組を家族みんなで囲んで見て、今よりも家族でひとつの番組を見て歌ったり笑ったりしていた気がします。同じドラマや歌謡曲の話題で盛り上がったりと、人と人とのコミュニケーションが今より濃密でした。
  • 黒電話(ダイヤル式)☎: 昭和の時代までは、どこの家庭も黒電話があったのではないかというがするのですが、私にとっては、大きな受話器に鳴り響く呼び出す音やダイヤル穴に指を入れて回す感触が今も忘れられない。プッシュ型のものも出てきて、なんとなくそっちのほうが現代っぽく、おしゃれだな、いいなぁ羨ましいなぁて思っていた気がします。公衆電話も10円玉を入れていた時代。テレフォンカードが出た時は、こんな薄いカードで電話できるなんて、すごい画期的って驚いていました⊙﹏⊙。
  • そろばん:近所の小さい商店には、スーパーマーケットのレジのような機械もないところが多く、大きなそろばんを出して、確かお店の人が計算していました。あと一つだけ小学校2年から6年まで唯一やっていた習い事がそろばん。そろばん教室は今でもありますが、私の中では、強い子どものころの昭和の記憶と共にあるアイテムなのです。
そろばん教室

〈子どもの頃のエピソード〉
初めて通い始めたそろばん教室を、入って直後(問題集を無くしてしまったって理由)嫌になって辞めてしまったんです。けれども、親はどうしても、そろばんだけはさせたかった≧ ﹏ ≦。「他のピアノとか習いたい」って言ったんですけど、当時ピアノは家にはなく(T_T)、2つ目もそろばん教室に通いました。すごく行きたくないっていつも思いながら、時々ずる休みしながらも、何とか4年がんばって2級までいきました。子どもの頃の記憶って、未だに甦ることがあり、「あぁ今日そろばんいかなきゃっ行きたくない」いう夢を今もたまーに見ます。けれど、おかげで数学は、好きな科目になって、今は、親にも感謝しています。

  • カセットテープ・ラジカセ・レコード:子どもの頃は、カセットテープで音楽を聴くのが主流。好きなラジオ番組を録音したり、自分の好きな曲を集め録音してオリジナルテープをつくるのが楽しかった♪スマホやiPodのように簡単な操作で一瞬で好きな曲を流せるわけではない。ボタンを押して巻き戻したり、早送りしたりとすごく手間でした。しかも、時々テープが絡まってしまうこともあって、必死で指で回し直していたのも、今となっては懐かしい思い出ですね。
レコードプレーヤー

レコードプレーヤーも、聴きたい曲のレコードを自ら選んで、針を乗せる。音楽に入る世界を自分でつくるのがいい。今は音楽は手軽に聴けるものですが、音楽は、実際には、たくさんの楽器や歌い手、いろんな人の手が加わって1つの曲ができている。その全てをレコードやCDとして簡単に一つにしてくれている。音楽を作った人への敬意というか、私たちも、少し手間で面倒な作業によって、作り手の気持ちと同じくらい、曲の奥深さを味わえるかもしれません。

なんだか不便なところばかりの気もするのですが、国全体が未来に向かって突き進んでいた時代の新しい商品が登場するたびに活気が生まれていました。物がまだ少なかっただけに物に対する愛着、そして温かい人とのつながりは、今も多くの人々の心に残る素晴らしい側面だと思います。

昭和のいい所良くないところ(考え方)~現代(令和)との違い比較

もう今の時代は、昭和、平成を過ぎ令和も7年目。

今は、戦後の名残りは、殆ど見ることは少ないですが、昭和にあった固い考え方のようなものは、まだまだ信念のような考えを持っている方も多い気がします。

  • 昭和:集団・義務・忍耐・安定志向
  • 令和:個人・自由・自己表現・多様性志向
  1. 集団や組織を大事にする
    個人より「家族」「会社」「地域」など集団を優先。「会社のために頑張る」姿勢が理想とされた。戦後でも「国家のため」「社会のため」という貢献意識が比較的強く、身を犠牲にして働いていた方もたくさんいらっしゃいました。
  2. 成功=努力+学歴+勤続
    いい大学→大企業→定年まで勤め上げる、という人生モデルが安定の象徴。一度、入社した会社は、定年まで働くものだという考え方が強かった。
  3. 我慢と努力を重視
    「頑張れば報われる」「努力すれば必ず成功する」という前向きな考えが社会全体に広まっており、将来への不安が今より少なかったと言えます。「苦労は買ってでもせよ」と言われて、「忍耐・根性・我慢」が成功のカギとされ、耐え抜くことが美徳。
  4. 家族観・男女観
    戦後しばらくは「男は仕事、女は家庭」という役割分担が主流。男性は「家族のために自分を犠牲にする」ことが理想像だった。女性の社会進出も増え始めたが、まだまだ社会的な地位や立場などは低く、男女差別は今よりも、強かった傾向にある。
  5. 物を大切にする 
    戦後の物不足や貧しさの経験から、「もったいない精神」が強い。直して使う、節約するのが普通だった。子どものころは、服が破れても、縫ってつぎをする。お気に入りのものは、直しながら、ずっと大切にしていた。
  6. 「和を乱さない」「空気を読む」が美徳とされやすかった。意見が違ったり、間違ったことを言っても親や先生に絶対逆らってはいけないという風潮があった。教育は、今よりも個別配慮の指導は少なく、一律的でした。「詰め込み教育」と批判されるほど、知識習得中心の授業で、ついていけない子どもたちが「落ちこぼれ」という言葉が社会問題化するほどでした。クラブ活動や校則の厳しさも特徴的だった時代。

このように、現代とは、考え方が、かなり異なっていることが分かります。現代は、個人の生き方や意思を尊重するという風潮に傾いてきていまが、私たちの親世代は、まだ、自分を犠牲にする意識が強いです。

現代に生まれた子どもたちには、現代ならではの苦しみも抱えています。「自分たちはもっと苦労してきた、耐えてきた」と考え方の違いから、子どもの気持ちが置き去りになっていないか。我々世代は、未来を生きる子どもたちの声に耳を傾けていってあげなければ、世代間の溝は、埋まらないのではないかと思います。

名前を改名しました!ハピコから昭子(しょうこ)笑⁉へ



さて、気づいてくださった方もいるかもしれませんが、
プロフィール名を変更しました!以前は、ハピコでした。僭越ですが「ハッピーを届けられるブログにしていきたい」という願いと一番好きなアイスの名前をもじって考えました(^^;)
「昭和」のしょう、「笑顔」からとったしょう、自分に「勝つ」のしょう、そして「大谷翔平」のしょうでも、何でもいいのですが、、、なんとなくショウとつくのが、‟今”という感じがしたのでので変えました!


ついでに、トップページも少しリニューアルしております。
今のスピード重視な変わっていく時代に抗うように、みなさんがホッとできる拠り所にしたいと昭和なアナログな感じを出したいと思っています。どこか洗練された感じとは、少し離れた昭和チックなださ可愛さ、温かな雰囲気を意識して作りました(❁´◡`❁)。


私のブログにちょいちょい出てくる平成時代に流行した顔文字[(>_<) !(^^)! m(__)mなども、ちょっと懐かしさ感じてもらいたかった為の採用でした。

若い方から100歳くらいまで、老若男女ろうにゃくにゃんにょの方に読んでもらえるブログを目指します!

今回は、昭和をテーマに、けっこう真面目に書いてみました。昭和って、なんだか大変そう。けれど、こんないいとこもあるんだ、面白そうな所もあるんだなと思っていただけると幸いです!(^^)!
加えて、昭和世代、平成世代、令和世代のジェネレーションの溝が少しでも埋められたら嬉しいです。





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